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台湾フェア「絆 Kizuna」馬志翔✖️永瀬正敏✖️永田琴✖️IVY CHEN

馬志翔永瀬正敏永田琴、IVY CHENが28日、代官山蔦屋書店で『映像作品の「今」と「これから」』と題しトークショーを開催しました。

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ソウルブラザーとして男同士の固い絆で結ばれている馬監督と永瀬さん、今日は永田監督とIVYさん、観客とほぼ女性に囲まれて…のトークショーでした。

日本・台湾の印象

馬監督:
小さい頃レンタルビデオ屋でよくプロレスを見ていたので、日本人はみんなプロレスが得意だと思っていた。

おじいちゃんとおばあちゃんは、原住民で日本語教育を受けていたので 日本語が話せました。

「おばちゃん、5円10円ください」という日本語を教えられて 、日本に来た時、この言葉をおばちゃんに話しかけてみたいなと思っていた。

それが日本への一番の印象 かな

 

永瀬さん:
20年くらい前に、映画の撮影で行ったのがはじめての台湾。
混沌としていた そして、懐かしさを感じました。
KANOに出演するために、10何年ぶりに行って
街に芸術が溢れているなぁと  混沌の横に芸術がある。

そして、台湾の街は色っぽい と思います。

 

IVYさん:
私は、台湾人です。
八歳の時に、日本に来ました。
街がキレイで、ゴミがなく、なんてきれいな国なんだと思いました。
今でも強く覚えているのは、羽田空港からの夜景で タクシーのランプがキレイでカワイイなと。
 反対に台湾の街は、とてもエキゾチック、確かに夜の台湾はとても色っぽいと思う。

 

永田監督:
私の台湾の印象は、IVY!
台湾の信号は走るのよ!スゴイでしょ!と
見てこれ!台湾はココがスゴイのよ。と IVYが自慢する台湾が私のイメージ

食べ物

IVYさん:
永田監督は、台湾に来たら朝から晩まで、ずっと食べている。

 

永田監督:
本当になんでも美味しい!

 

永瀬さん:
臭豆腐(台湾名物の臭いニオイのする豆腐料理)は食べられない
すごい遠くからでも、あるな…とわかる。

馬監督から、男なら食べた方がいい!と薦められていましたが…頑なに断っていました。

 

馬監督:
日本で食べて感動したのは お米
花蓮東部の出身で、ここは台湾でも米処
日本でも同じようなお米を食べることができて懐かしく感じた。
苦手なのは、納豆。全くダメ

臭豆腐がダメな永瀬さん、納豆がダメな馬監督…どっちもどっちな気が

 

永瀬さん:
台湾は撮影現場でのご飯を本当に大事にする。
日本は車中飯、移動飯と結構おざなりにする。

 

IVYさん:
台湾人はどうして暖かいご飯を食べるのか?というのに持論があるのですが
台湾のお米は、日本のお米と違って、冷めるとマズイからだと思います。
小学校の頃、お弁当を蒸し器で温めてもらってお昼に食べていました。
日本の小学校に行って、どうして蒸し器がないの?とカルチャーショックを受けたほどです。
日本のお米は冷めても本当に美味しいから

 

馬監督:
先輩達に言われました。撮影は大変だが、必ず弁当を食べる時間は作れ、と。
もし、日本で撮影する機会があれば必ず弁当を食べる時間を作りますよ。

 

KANO撮影秘話

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永瀬さん:
台湾映画に参加できることを楽しみにしていましたが、
甲子園を台湾に作ると聞いて、規模の大きさにびっくりしました。

黒い土というのが、台湾にはなく、実はタイヤを砕いてあの土を作ったんですよ。

撮影に参加するときに、甲子園の土をお土産に台湾へ持って行きたいなと思って
甲子園の方にご協力も頂いていたのですが、
検疫の問題で持って入れないということになってとても残念でした。

 

馬監督:
台湾には、本当に黒い土がなくて
たくさんの似ている種類の土を探しました。

高雄にある土が、黒くて似ているなと思って使ったら、
乾くと白くなることに気づいて…

水をかけていると黒くなっているので、ずっと水をかけようかという話もでましたが
時間との勝負になってきてしまうので…

タイヤの土は、プロデューサーのアイデアでした。
甲子園の実際の土は、黒というよりダークブラウンに近い色ですが
画面上、黒い土のがインパクトがあるので、こだわりました。

ただ、役者たちは大変だったと思います。

普通の土ではないので、怪我しやすく、そして匂いは臭豆腐よりもくさい(笑)

 

永瀬さん:
1日だけ、台湾の撮影チームと険悪になった日がありました、冗談ですけど。

撮影中に、WBCの日本対台湾の試合があったんですよ。
カメラに台湾の国旗がついていたり、通訳の男の子の背中には日本の国旗がついていたり…

その試合が、KANOの展開と似ていて、すごいいい試合でした。
まるで、この試合を見てKANOを作ったみたいに。

翌日、日本が勝ってしまって申し訳ないと思いながら、現場に入ったら
台湾のスタッフが、昨日の試合は素晴らしかったねといって抱き合って讃えてくれました。
とても嬉しかったですね。

後、撮影当初、太陽でやけどみたいにやけてしまい、顔が腫れてしまいました。
それをCGで消してもらったのですけど…
面倒をお掛けしてしまってすいませんでした。

 

馬監督:
台湾の太陽はすごく強いので…

また、役者たちに申し訳ないのが 台中の蚊がすごくて…
小さいのに、すごく腫れる。

それを消すのにもCGを使ったので、(永瀬さん)気にしないでください。

 

IVYさん:
台湾の撮影の天敵は、蚊
日本の撮影は、冬の寒さですかね?

 

馬監督:
これも申し訳ないのですが
KANOは雨が降るシーンが多くて、
ちょうど、そのタイミングに寒波がきて…

永瀬さんが、酔っ払って田んぼで寝そべっていたシーン。
ものすごい寒い日で、朝まで水の中に2-3時間入ってもらって撮影したのですが
ぜんぶカットしました。。
1人で、ずっと横になって頂いて、本当に尊敬しています。

 

永瀬さん:
僕は、まだウェットスーツを準備して頂いたりしてよかったのですが、
練習場のシーンで、部員の1人の衣装が、ランニングシャツ1枚で震えていて可愛そうでした。

 

馬監督:
CGで直す時、彼の体の震えも止められないか?とお願いしたけど
だめだったよ(笑)

撮りたいもの

馬監督:
人の感情を撮っていきたい。

今、考えているのが
「灣生」
台湾で生まれた人たちがテーマ

台湾生まれの日本人
戦争後、日本に戻された人たちのことです。

彼らにとって、台湾が生まれ故郷ですが、
死んだ時に、生まれた出生証明書がないことを知るという話です。


もし、日本で撮るなら、大都会ではなく田舎で撮りたいです。

東京にあるものは、台湾にもある
都会はだいたい同じだから。

キレイだからどこかで撮影するというよりは
物語にあった場所で撮りたい。

次も、永瀬さんと仕事ができればと思っています。

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役者とは

馬監督:
役者には2種類の人がいる

幸運を持っていて、仕事がいっぱいある人
幸運を持っていてないが、努力している人

永瀬さんは、幸運を持っているし、すごい努力している
幸運というのは、才能がある天才型の役者のこと。

幸運を持っていて仕事がいっぱいある人は、大体1-2年で消えていく。
努力をしないからね

でも、僕の隣にいる天才型の役者は努力をする。

自分の仕事に敬意をはらって
すべてのチャンスを掴んでしっかりと形にしていく

こういうことを出来る人はなかなかいない
自分は役者ができないから監督になった(笑)

永瀬さんから、プロ意識を持つことを学びました。

『創作は経験から、
経験は生活から得る』

仕事だけではなく、彼の生活に美学があると思う。
彼の影響を受けて、KANOの撮影が終わった後から絵を描いたり、写真を撮ったりしています。

褒められて、照れている永瀬さんに向かって
馬監督は「ねー?」と日本語でお茶目に同意を求めていました。

 

永瀬さん:
映画はフィクション、嘘の世界を見せている
そこに、さらに嘘を重ねると、お客さんに見えてしまう

その役を生きるには…と常に考えている
KANO野球部のみんなも、その役を生きていたと思う。

KANOの撮影中に、自分の役者人生30年を迎えました。

台湾の人たちに出会って、今まで30年のいろんな垢を削ぎ落としてもらった気持ちです。とてもよかった。

 

日本への思い、台湾への思い

馬監督:
台湾は50年位植民地でした。
歴史で学ぶ話には、よくない話が多いです。

階級、民族、差別は事実です。

でも、この50年間にいいことがひとつもないのでしょうか?

台湾人は、他の国の人からどうして親日なのですか?とよく聞かれます。

ひとつの理由として、侵略されたわけではないことだと思います。

台湾に、たくさんの日本人の移民がいました。
その中で、たくさんの愛情が生まれたと思います。

事件は、様々な角度から立体的に見ることが大事です。
歴史は忘れることはできませんが、許すことはできます。

台湾には20あまりの民族がいます。
KANOみたいに、ひとつの目標に向かっていければいいと思います。

最近、台湾では「血縁」より「地縁」(土地で繋がった縁という意)が大事とされています。

(永瀬さんを指して)

彼は、先日高雄で写真展を行なったそうですが
そのメディアの発表会に遅刻したそうです。
どうしてか?
まず、高雄の爆発事故の現場に花を手向けに行ったとのこと。

永瀬さんと台湾の繋がりは、まさにこの言葉(地縁)


絆は、糸で結ぶのではなく、手と手を絆ぐこと。

それが、我々が今日、ここにいる意味だと思います。

 

永瀬さん:

この関係は一生続くでしょう

と馬監督に力強く言った永瀬さんの言葉がとても印象的でした

 

これからー

IVYさん:
たくさんのカッコいい、カワイイ日本人を台湾で撮りたい

 

馬監督:
自分の好きな場所で仕事ができると嬉しい。
日本で撮影することになったら、是非声をかけてくださいね。
一生に弁当を食べるかもしれませんよ。


永瀬さん:
馬監督とウェイプロデューサー(KANOのプロデューサー)の次回作に是非出演したい

 

永田監督:
現在、台湾で語学も学んでいる。
台湾で、現地のスタッフに自分の言葉で伝えて作品を撮っていきたい。

 

 最後は、せっかく監督と役者が揃っているんだから「絆 ~台湾の感性と本性~」をテーマにした映像作品を作ろうと盛り上がりました。

実現したら、どんな作品になるのか楽しみです。

 

 4人共、台湾・日本をとても愛していて、この人のためなら…というお互いを思いやる気持ちをたくさん感じさせてくれました。

国の違いというより、人の絆の大切さを教えてもらえたトークショーでした。

 

台湾フェア「絆 Kizuna」は、代官山蔦屋店内の至る所にコーナーがあり、まるで宝探しのよう。

あなたにとってお気に入りの台湾を、代官山蔦屋で是非探してみてください。

 

 

 

 

<プロフィール>

 【馬志翔 マー・ジーシアン/ウミン・ボヤ Umin Boya 】監督、俳優 1978年3月1日、花蓮生まれ。
セデック族とサキザヤ族の血を引く原住民出身。
中国文化大学卒業。2000年にテレビドラマ「大醫院小醫師」で俳優デビュー。以後、数々のドラマや映画に出演。セデック・バレ』に出演以降は、原住民名のウミン・ボヤを名乗っている。
07年からドラマの脚本・監督も手がけるようになり、ウェイ・ダーションプロデューサーから託された『KANO 1931海の向こうの甲子園』で長編映画監督としてもデビューを果たした。

 

永瀬正敏 ながせ まさとし】俳優・写真家
宮崎県生まれ。1983 年『ションベン・ライダー』でデビュー。
1991 年に『息子』で日本アカデミー賞ブルーリボン賞、他計9映画賞で、主演・助演男優賞を総なめにし、『学校Ⅱ』(96)と『誘拐』(97)で日本アカデミー賞優秀助演男優賞を、そして『隠し剣鬼の爪』(04)で同優秀主演男優賞を受賞。
『KANO』(14)での金馬奨最優秀男優賞ノミネートは、日本人初の快挙となった。
現在公開中の『あん』はカンヌ国際映画祭・ある視点部門オープニング作品。
写真家としても活動。昨年の台湾華山1914での写真展には7 万人の動員があり話題を集めた。
現在台湾4ヶ所で「Mind's Mirror心象」写真展巡回中。今後都内他各都道府県で写真展を開催予定。

 

【Ivy Chen アイビー・チェン】写真家
1974年8月24日台湾台北市生まれ。静岡育ち。
ニューヨーク・パーソンズ・スクール・オブ・アート写真学科卒業。『リリィ・シュシュのすべて』『花とアリス』『恋文日和』『リトルDJ』などの映画スチールや、その他CMのポスター撮影なども手がけ、写真活動を広げる 。
現在は台湾で写真活動を続け、 バンドMAY DAYメイデーの写真集や一青窈などその他多数シンガーのCDジャケットを撮影する。

 

永田琴 ながた こと】監督、脚本家
大阪府出身。岩井俊二監督の元で助手を務めた後、2004年『恋文日和』で劇場公開デビュー。
2007年『渋谷区円山町』(榮倉奈々眞木大輔主演)、『Little DJ~小さな恋の物語~』(神木隆之介主演)が公開。
2013年、ドラマ『イタズラなKiss ~Love in TOKYO』 では中国を始めアジアで絶大な人気を得る。 最新作は2014年公開の『シャンティデイズ 365日、幸せな呼吸』。

 

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