4月8日、新疆ウイグル自治区最大の新聞社「新疆日報」の1面に、一人の日本人と自治区政府のトップ雪克来提・扎克爾主席の会談の様子を伝えた記事が掲載された。
その日本人は、小島康誉師(73・僧侶)。元々は宝石販売の会社を創業し上場企業まで育て上げた実業家。1982年に商用で新疆を初訪問し、86年に訪れたキジル千仏洞の文化的価値に気づき、修復保存活動を続けてきた。そのキジル千仏洞は、去年6月世界遺産に登録された。それ以外にもニヤ遺跡やダンダンウイリク遺跡の学術調査を中国側と共同で実施。ニヤ遺跡からは、「国宝中の国宝」と言われる「五星出東方利中国」と記された錦を発見するなど、新疆の文化財保護になみなみならぬ情熱を注いできた。
一方、小島師は新疆の教育現場にも力を注ぐ。新疆大学に小島奨学金を創設し、30年に亘り約4300人の学生や若い教師らに援助してきた。小島奨学金を受け勉学に励んだ若者たちの中には、現在、新疆大学の学長を始め政府や教育機関、企業などで要職に就き活躍している者も多い。
そんな小島師の活動に対し、会談の中で雪克来提・扎克爾主席は、高く評価し感謝の言葉を述べた。小島師は、新疆成立60周年への祝辞を述べ、ささやかながらとお祝いの準備をしていることを伝えた。
普通の民間人が、自治区政府のトップに面会できるということは、通常では考えられない。これまで小島師は、自治区の共産党トップ、張春賢書記にもたびたび面会している。これらは非常に難しい事。それを可能にしたのが、小島師が進めてきた「民間外交(中国では公共外交という)」だ。小島師は、民間人だからこそできる交流があるはず、という考えの元、長年にわたり一人で続けてこられた。30数年間の交流の中で、小島師が新疆を訪問したのは140回を超える。その間、日中関係が良い時ばかりではなかった。近年の中国の著しい発展もあり、状況はいつも変化してきた。それでも、バイタリティ溢れる行動力と発想力で、数々の難問を乗り切ってきたのだろう。
なぜそこまで民間外交にこだわるのか。小島師の信念を垣間見た時がある。数年前、小島師と共にクチャにあるキジル千仏洞を見学し、その後向かったクズルガハ千仏洞を訪ねた時の事。クズルガハ千仏洞は、5世紀ごろに造られた仏教遺跡だ。46の窟が現存し、どの窟もかつては美しい仏の姿が壁一面に描かれていた。しかし、今では風化や略奪にあいほとんどの窟に往時の面影はない。
この時、小島師は壁画が何も残っていない窟の前に立ち「ここにあった壁画は今はもうない。仏教美術としては残念な結果になってしまった。しかし、仏教の心は今もここにあるし、真理を求める人々の心はここにある。」と語った。その言葉の奥に、小島師の信念の強さと真理を見抜く力を感じ得ずにはいられなかった。
「民間外交」と一口に言っても、実はそれを実行するのは容易なことではなく、誰でもできる事ではない。しかし、小島師は言う「国家や民族、文化や歴史、風土が違う者同士、そう簡単に理解はできない。でも理解ができないからといって交流をやめればそれでおしまいなんです。だからこそ、相互理解促進の努力をしなければいけない」と・・・。
グローバル化がどんどん進んでいく現在、「民間外交」が新しい外交の形になるのかもしれない。小島師のように相手の懐に飛び込んでいくような民間外交が活発になれば、世界各地で勃発している紛争やいさかいが減るかもしれない。それによって無駄に人の命が失われなくて済むかもしれない。国家同士の問題が、市民同士のつながりで解決に至ることができたなら、そんな嬉しいことはないと思うのは私だけだろうか。
取材・文:永野浩史
動画編集:何祖杰