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人生100歳時代 ~バスキアを前澤ZOZO元社長より前に買った僧侶小島氏の生き方~

 東京六本木で「バスキア展」が開かれている。若い人が多く訪れて盛況のようだ。バスキアといえば、1980年代ニューヨークで活躍したアーティスト、先輩格のウォーホルとのコラボでも知られている。

 バスキアが日本で注目されたのは、飛ぶ鳥を落とす勢いだったZOZO社長の前澤友作氏が2016年ニューヨークのオークションで、5728万ドル(当時レート約62.4億円)で落札した時である。一般紙で大きく報道されたほどだ。作品は、5mにも及ぶ大きなものだ。これを30年ほど前に買い付けていた人物が、身近にいた。何とADC文化通信に国際協力などを寄稿していただいている小島康誉氏である。

その作品は小島氏の「国献男子ほんわか日記」71で紹介されている。「会社案内(1990年版)からであることを示すため作品名などもスキャン」とキャプションがついている。「ほんわか」71回によると日本で当時は無名に近く、3万ドルほどで買い付けたとある。しかも他にも8点紹介されている。現在ならバスキアに着目する人は多いだろうが、30数年前にバスキア作品を多数買い付けた人は少ないだろう。

 

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小島氏は当時、ツルカメコーポレーション社長であった。24歳で起業し、その頃は不可能と言われていたジュエリー専門店のチエーン化を成し遂げ、一方で将来の繁栄の種としてアート事業に着手していた。その膨大な作品群の一部がバスキアである。上場企業に育て上げて創業30年にあたり退任した。数代後の社長時代に合併し現在はエステールHDとして繁栄しているという。

 

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中央で社員に話しかけているのが、社長時代の小島氏である。坊主頭だ。知恩院などで修行して僧侶になっていたからである。仏教界では親が僧侶で後継ぎとして僧侶になる人が殆どと聞くが、小島氏はインド仏跡巡りの際に、「釈迦の声を直に聴いたと実感し涙が止まらなかった」という宗教的体験が動機だという。僧侶になってからは、住職にはならず念仏行脚日本縦断など念仏生活を続けている、いわば「修行僧」である。

    

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写真は20数年前鹿児島佐多岬から行脚し北海道宗谷岬に到着した時のもの

 

本文冒頭に「ADC文化通信に国際協力などを寄稿していただいている小島康誉氏」と書いた。氏は昨年10月、『中国新疆36年国際協力実録』(東方出版)を出版した。1982年から中国西北部新疆ウイグル自治区で続けてきた国際協力の数々を800点余の写真で公開。生半端な貢献ではない。修復保存協力したキジル千仏洞は開始28年後に世界遺産になり、ニヤ遺跡調査では開始7年後に中国の国宝中の国宝「五星出東方利中国」錦などを発掘し、ダンダンウイリク遺跡調査では法隆寺壁画の源流「西域のモナリザ」壁画などを発掘保護し、奨学金などは6000人を超え、博物館を建設し…日本ではあまり知られていないが、中国では高く評価されている。

その多種多様な活動についてある通信社から取材の時に、「活動の幅が広くどう表現したらよいのか」と問われて、「国際貢献手弁当長期実践家とでも」と答えたそうだ。36年間、提供しつづけてきたのは「至誠」。「骨はタクラマカン沙漠に埋める」と決めている。活動は今も続いており、今年9月の活動が「ほんわか」73回で報告されている。写真は同書掲載の日中両国の大学や研究所の専門家を組織して実施されたニヤ調査の1993年隊。隊員の服装が厳しい環境を物語っている。

 

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バスキア作品も買い付けた上場企業社長、僧侶、国際協力実践家、彼は一体何者なのか?

宝石が高級品と考えられていた時代に、「宝石は愛のファッション」とCMをうちチエーン化を成し遂げ、アート事業にも着手し上場、54歳という若さであっさり退任、こんな人はめったにいない。職業としてではなく自己追及のため僧侶になり、5日おきに自分で剃髪するなど今も念仏生活を続けている。遥か離れたシルクロード新疆で長年にわたりコツコツと国際貢献、21世紀は国際協力の世紀とも言われているが、実践するのは容易ではない。私もテレビ番組制作で多くの方と会ってきたが、小島氏のような人には未だに出会っていない。

最後にその謎を更に深める小島氏を紹介する。「青春18きっぷ」で日本縦断を今年の春と夏に行った。若者なら「青春18きっぷ日本縦断」をした人は少なくないだろうが、後期高齢者では皆無に近いのでは? 下が「国献男子ほんわか日記」70で紹介されているその略図である。2回目では、枕崎から稚内まで4812㎞、乗り継ぎが62回、934駅停車、不通区間代行バス、台風もあれば毒ガス騒ぎもあったとある。71には唱えた念仏43万回とある。77歳老人が知らない駅で乗り換えるだけで大変なのに。

 

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 先に書いた小島氏が社長時代に購入したバスキアなどの絵画。小島氏の数代後の社長時代に売却されたそうだ。もし、今も所有していたらその価値は、2000倍にもなっていた。結果から見れば、小島氏の先見性は抜きんでていた。そして、1980年台初頭に始め今も続く国際貢献。氏は、「多くの方にも支えられ」と謙遜するが、これらすべての活動はいつも自分の信念のもと実行に移してきた。小島氏のように、上場企業を経営し、国を巻き込むほどの大きな文化保護プロジェクトを行い、僧侶として行脚することなど、一般の人にはできない。

しかし、小島氏のようにとはいかないまでも「人生100年時代」と言われている昨今、この長い人生をどう生きていくのか、という事は万人に共通する課題ではないだろうか。内向きと言われている日本社会。最近は、世界の中で輝きを失いつつあり、その弊害が出始めているともいえる。だが、ここで敢えて言う、百歩譲って内向きでもよい。その中で、自分をしっかりと見つめ何ができるのかを深く考えればだ。自分の居心地がよい場所だけを求め続けていく安易な内向き志向では、グローバル化で世界がクロスオーバーする今は、そう安々と生き残れない。内でもよい、外でもよいから、もっと積極的に未知の世界に進む心をどう養っていくのかも考える必要があるだろう。

今は、生き方の変革が求められている時代だ。教育を受け、仕事して、第二の人生を過ごすといった単線型人生から、同時にあれこれ挑戦する複線型人生へ。小島氏の生き方は一見すれば「変人!」といえるが、見方によっては時代を先取りした「人生の達人!」かもしれない。しかし、それは小島氏だけのものではなくみんなにチャンスのあることだと、あらためて思う。今の時代だからこそ、「人生の楽しみ方」を考えてみるべきなのではないだろうか。

 

小島氏のブログも是非ご覧ください

弊社が運営している「ADC文化通信」では、小島氏の生き方や哲学が、本人の言葉で語られています。これまでの国際貢献の記録を記した「シルクロード国献男子30年」、現在執筆中の「国献男子ほんわか日記」を、是非ご覧ください!

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